大判例

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最高裁判所大法廷 昭和29年(あ)389号 判決 1957年12月25日

主文

第一審判決中被告人朴今順に関する有罪部分及び原判決中同被告人に関する部分を破棄する。

被告人朴今順を懲役六月に処する。

同被告人に対し第一審における未決勾留日数三〇日及び原審における未決勾留日数二八日を右本刑に算入する。

被告人吉正秀の本件上告を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人吉正秀の負担とする。

理由

被告人両名の弁護人長崎祐三の上告趣意(一)について。

論旨は原判決が被告人両名の本邦より朝鮮に出国しようとした所為を出入国管理令二五条二項、七一条によって処罰したのは、憲法が与えた外国移住権を制限するものであるから、同法二二条二項に違反すると主張する。

しかし、憲法二二条二項は「何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない」と規定しており、ここにいう外国移住の自由は、その権利の性質上外国人に限って保障しないという理由はない。次に、出入国管理令二五条一項は、本邦外の地域におもむく意図をもって出国しようとする外国人は、その者が出国する出入国港において、入国審査官から旅券に出国の証印を受けなければならないと定め、同二項において、前項の外国人は、旅券に証印を受けなければ出国してはならないと規定している。右は、出国それ自体を法律上制限するものではなく、単に、出国の手続に関する措置を定めたものであり、事実上かかる手続的措置のために外国移住の自由が制限される結果を招来するような場合があるにしても、同令一条に規定する本邦に入国し、又は本邦から出国するすべての人の出入国の公正な管理を行うという目的を達成する公共の福祉のため設けられたものであって、合憲性を有するものと解すべきである。よって、所論は理由がない。

同(二)について。

憲法三七条一項にいわゆる「公平な裁判所の裁判」とは、偏頗や不公平のおそれのない組織と構成をもつ裁判所による裁判を意味するものであって、所論のような場合をいうものでないことは、当裁判所の判例とするところであるから(昭和二二年(れ)四八号同二三年五月二六日大法廷判決、集二巻五号五一一頁)、論旨は採用できない。

被告人吉正秀の弁護人松井佐の上告趣意は、事実誤認、訴訟法違反の主張を出でないものであって、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

よって被告人吉正秀に関する本件上告は刑訴四一四条、三九六条によりこれを棄却し、当審における訴訟費用は同一八一条一項を適用して同被告人に負担させるものとする。

被告人朴今順に対する福岡高等検察庁検事長宮本増蔵の上告趣意について。

未決勾留は公訴の目的を達するため、やむを得ず、被告人又は被疑者を拘禁する強制処分であって、刑の執行ではないが、自由を奪う点から自由刑に近いから、人権保護の衡平の観念から刑法二一条は、未決勾留の日数の全部又は一部を本刑に算入することを認めているのである。しかし、刑の執行と勾留状の執行が競合している場合には、勾留の有無にかかわらず被告人又は被疑者は刑の執行によって拘禁を受けているのであって、勾留は観念上存在するが、事実上は刑の執行による拘禁のみが存在するに過ぎない。すなわち、勾留によって自由を拘束するのではないから人権保護の立場からいっても、かかる未決勾留の期間を本刑に通算する必要はなく、却って、これを通算すれば一個の拘禁を以って、二個の自由刑の執行を同時に行ったと同様となって不合理な結果となり、被告人に不当な利益を与えることとなる。刑法二一条はかかる場合の未決勾留を本刑に通算することを認める趣旨とは解せられない。

記録によると被告人朴今順は昭和二八年一月一三日関税法違反及び出入国管理令違反の現行犯として逮捕され、同月一八日長崎地方裁判所武生水支部裁判官が右と同一罪名の被疑事件について発した勾留状により壱岐地区警察署に勾留せられ、同年二月四日公判請求を受け、原審の昭和二八年一〇月二九日付保釈許可決定により同日釈放されるまで引続き勾留さていたこと並びに、同被告人は昭和二七年二月一九日長崎地方裁判所巌原支部において外国人登録令違反及び関税法違反の罪により懲役一〇月(昭和二七年政令一一八号減刑令により懲役七月一五日に減軽)に処せられ、右裁判は同年九月六日控訴が棄却されたことにより確定したため、同被告人は昭和二八年二月二日検察官の執行指揮により同日から右刑の執行を受け同年九月一六日右刑の執行を受け終ったものであることを認めることができる。しかるに、原判決及び第一審判決が同被告人に対し同被告人が刑の執行を受けている期間の未決勾留日数を本刑に算入する旨の言渡をなしたのは、前示の法理に照し違法であり、論旨援用の判例にも反するから、刑訴四一〇条一項により同被告人に対する原判決及び第一審判決中、同被告人に有罪を言渡した部分を破棄し、刑訴四一三条但書により被告事件について更に判決をなすべく、第一審判決の確定した事実(判示第三の事実)に法令を適用すると、被告人朴の判示所為は出入国管理令二五条二項、七一条に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期範囲内で同被告人を懲役六月に処し、第一審判決において本刑に算入した未決勾留日数三〇日中昭和二八年一月一八日から同年二月一日までの一五日を除くその余は被告人の前示刑の執行を受けている期間であるから、これを本刑に算入することは違法であるけれども、本件第一審判決に対しては、検察官の控訴なく、被告人のみの控訴であってこれを不利益に変更することは許されないので、刑法二一条に則り、第一審における前記三〇日及び被告人が前記別件の刑の執行を受け終った昭和二八年九月一六日の翌日から原判決言渡の前日たる同年一〇月一四日までの原審における未決勾留日数二八日を右本刑に算入すべきものとする。よって主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官小谷勝重、同垂水克己、同河村大助、同下飯坂潤夫の左記意見があるほか裁判官の一致した意見である。

裁判官小谷勝重の弁護人長崎祐三の上告趣意(一)に対する意見は次のとおりである。

一 憲法二二条二項は、直接外国人の国外移住の自由を保障した規定とは解せられない。言いかえれば、本項の自由の保障はわが国民のみを対象とした規定と考える。

しかし、わが国内に居住する外国人がその本国への帰国のための出国は勿論、その他の外国へ移住することの自由が保障せらるべきであることは、右憲法同条同項の精神に照して明らかであるから、結局憲法同条同項の規定は外国人を対象とした規定ではないが、憲法の精神は外国人に対しても国民に対すると同様の保障を与えておるものと解すべきであると考える。

二 次に出入国管理令二五条二項は「……外国人は、旅券に出国の証印を受けなければ出国してはならない。」と規定するところであって、外国人の出国それ自体を制限することを目的とした規定ではなく、単に出国の手続に関する規定であり、そして外国人の出入国に関する管理上必要の程度において当然な合理性を持つものである。けだし憲法が如何に国外移住の自由を保障すればとて、外国人のわが国よりの出国が自由放任の状態であってはならないことは自明のことであり、右令二五条二項は(令七一条の制裁規定と共に)単なるこれが出国に関する手続措置の規定であることは前示規定自体に徴して明確である。すなわち令同条同項は多数意見のいうが如き「公共の福祉」のためにその憲法上の保障を制限する趣旨の規定とは解すべきではないと考える。

要するに憲法の規定する「公共の福祉」による人権の制限は、事物当然の合理性を持つ規定を指するものではないと考えると同時に、憲法の規定する「公共の福祉」はこれを容易に拡張し若しくは利用して、憲法が保障する人権を制限するの具に供してはならないものと考える。

裁判官垂水克己の検事長上告趣意に関する意見は次のとおりである。

記録によると、被告人朴今順は本件での勾留状(及び勾留更新決定)により判示の年一月一三日から一〇月二九日(保釈釈放日)まで引き続き勾留されていたが、判示別件の確定判決により懲役一〇月(判示減刑令により懲役七月一五日に減軽)に処せられたため、右勾留期間の中間である二月二日から九月一六日までの間、土手町拘置支所でこの懲役刑の執行を受け終ったことになっている。これによると同被告人は二月二日から九月一六日までの間は同じ監獄内で刑事被告人としての処遇と懲役囚としての処遇とを重複して受けたこととされている。かような場合には、本人は、勾留被告人として、立会人なくして弁護人と接見する等(刑訴三九条)重要な防御権を害されてはならず、また被告事件についての罪証を隠滅するような言動を許さるべきでないとともに、懲役囚として作業し教誨を受ける等の義務もなおざりにされてはならない筈である(これをなおざりにするときは懲役刑に処した判決の本旨に従う執行があったといえない場合があり得るであろう)。本件被告人が右期間中これらの点について如何なる処遇を受けていたかは記録上判らない。(恐らく、大正一三年二月行刑局長通牒甲一八五号旧刑訴法実施についての注意事項六、七、八によったであろう。被告人は勾留状により右土手町拘置支所の未決拘禁区において他の刑事被告人と分界拘禁され作業その他につき受刑者として処遇されたのであろう。)

しかし、いずれにしても、次のことがいえる。(一)被告人が未決囚兼懲役囚として重複処遇を受けた期間中、未決拘禁区にあって他の未決囚と分界拘禁され、衣食臥具の官給と教誨を受け、そして、弁護人との接見、信書発受について未決囚としての規制のみを受ける以外は懲役囚としての作業に服したのであるならば、これを適当な重複処遇というを妨げまい。けれども、この場合でも本人は一個の拘禁によって懲役の義務と未決勾留の義務との双方を弁済するのであり、換言すれば、本件での勾留日数の一部は、実質上、別件での懲役刑に算入されたと同様の結果になる訳だから、この勾留日数を更に本件の本刑に算入することは失当に過ぎ許さるべきでない。(ちなみに、若し被告人が本件全事実につき無罪判決を受けたと仮定してもかような勾留日数に応ずる刑事補償金を交付すべきではなかろう。)(二)また、若し右重複拘禁期間中、作業は殆んどせず、主として未決囚としての処遇を受けていたとすれば、それは懲役刑の不完全履行であって、これを懲役刑を完了したものとしたことは不適当であったというべきである。かような場合にも右期間を本件の本刑に算入することは全体的に考察すれば衡平でなく違法というべきであろう。(三)反対に、右重複拘禁中主として懲役囚としての処遇を受けたとすれば、未決勾留は名義上だけのものに近いから、この場合にも右の期間を本件の本刑に算入することは、実質上、他事件の確定判決による懲役刑受刑日数を本件の本刑に算入すると同様の結果となり、本人に不当利益を与えるものといわねばならない。要するに、以上いずれの場合にせよ、本人は本件での勾留義務と他事件の確定判決による懲役服役義務とを一個の拘禁で果たしたようなものとして扱われたのであるから、本件勾留日数を更に本件本刑に算入することは刑法二一条の解釈上許さるべきでない。本判決が「これを通算すれば一個の拘禁をもって二個の自由刑の執行を同時に行ったと同様となって不合理な結果となり被告人に不当利益を与えることとなる」としたことは是認されるべきである。

裁判官河村大助、同下飯坂潤夫の弁護人長崎祐三の上告趣意(一)に対する意見は次のとおりである。

私共は憲法二二条二項は外国人には適用がないものと解する。憲法第三章の所謂権利宣言は、その表題の示すとおり国民の権利自由を保障するのが原則であって、外国人に対しても凡ての権利自由を日本国民と同様に保障しようとするものではない。国民はすべて法の下に平等であることが保障されているが、その権利自由の性質いかんによっては法律で外国人を合理的な範囲で差別することも許されなければならないと考えられる。

ところで憲法二二条二項は外国移住及び国籍離脱の自由を保障しているのであるが、同条にいう「何人も」とは日本国民を意味し外国人を含まないものと解すべきである。かつては国民の兵役義務や国防関係等から国籍離脱の自由は相当の制限を受け、外国移住についても特別の保障はなかったのであるが、近世に至ってかかる自由を制限する必要もなくなったのと国際的交通の発達に伴い、国民の海外移住とそれに伴う外国への帰化が盛んに行われるようになって来た状勢に鑑み、また日本人を在来の鎖国的傾向から解放せんとする意図の下に、憲法は海外移住と国籍離脱の自由を保障することになったものと解すべきである。即ち、同条は国籍自由の原則を認め国民は自国を自由に離れることを妨げられないことを保障されたものであるから、同条の外国移住は国籍離脱の自由と共に日本国民に対する自由の保障であることは、同条の成立に至るまでの沿革に徴しても明らかである。従って同条二項は外国人に適用がないものと解するを正当とする。なお同条一項の居住移転の自由には外国人の入国を含まないことは既に判例の存するところである(昭和三二年六月一九日大法廷判決)。然るに外国人の出国については同条二項に包含されると解するが如き、両者を別異に取扱うべき実質上の理由も存在しないものというべきである。

或は外国人の出入国について、その自由が憲法上保障されていないことになると国家はこれを自由に禁止制限することができ、憲法の理想とする平和主義国際主義に反するのではないかとの論を生ずるかも知れない。しかし、後に公布された平和条約前文にも「世界人権宣言の目的を実現するため努力」する旨が宣言され、その人権宣言では一三条及び一五条において国籍自由の原則や出国の自由が認められているのであるから、国家は出入国管理に関する法令を制定するに当っても、右条約及び人権宣言を尊重して合理的にして公正な管理規制が行わるべきであることは憲法九八条二項に照し明らかである。従って憲法上の保障がないからと謂って、外国人に対し国政上不当な取扱いをすることは考えられないのである。

要するに憲法二二条二項の「何人も」の中には外国人を含まないものと解すべきであり、被告人両名は外国人で同条項の外国移住の自由を保障された者でないから、論旨違憲の主張はその前提を欠き、理由がない。

裁判官田中耕太郎は差支につき評議に関与しない。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 入江俊郎 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奥野健一)

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